ひふみ神示 分類別一覧 - 五六七 -

第03巻 富士の巻 第04帖 (084)
「一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。」
五六七とはミロクを差すようです。五六七の仕組みでは獣と臣民がはっきり分かれるようで過ごし方も工夫がいる時節でもあるのかなと思います。


第03巻 富士の巻 第06帖 (086)
「三四五(みよいづ)から五六七(みろく)の世になれば天地光りて何もかも見えすくぞ。」
五六七の世になると三四五での前兆がよりはっきりと世の中に具現化されるのかと思います。


第03巻 富士の巻 第15帖 (095)
「一二三は神食。三四五は人食、五六七は動物食、七八九は草食ぞ、九十は元に、一二三の次の食、神国弥栄ぞよ。人、三四五食に病ないぞ。」
五六七は動物食ということで、生命ある存在がいただくようなもののようです。


第04巻 天つ巻 第10帖 (117)
「一二三の裏に 一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用あるぞ。五六七すんだら七八九ぞ、七八九の裏には六七八あるぞ、八九十の御用もあるぞ。」
御用にもいろいろと種類があるようですが、様々な前後の関わりを持つ複雑な仕組みをしているようにも思えるのでパッと見ではわからないように思います。だんだんに知らすとあるので、もしかしたら検証していればその内に理解できることもあろうかと思います。


第04巻 天つ巻 第27帖 (134)
「石物いふ時来るぞ、草物いふ時来るぞ。北おがめよ、北光るぞ、北よくなるぞ、夕方よくなるぞ、暑さ寒さ、やはらかくなるぞ、五六七(みろく)の世となるぞ。」
石が専制王国の立国を宣言するときでしょうか?草もそうは行くかと物を云うようでその頃には、情勢が少し明るくなるものになるようです。


第04巻 天つ巻 第30帖 (137)
「日本ばかりでないぞ、国々ところところに仕組して神柱つくりてあるから、今にびっくりすること出来るのざぞ、世界の臣民にみな喜ばれるとき来るのざぞ。五六七(みろく)の世近づいて来たぞ。」
世界中でミロクの仕組みをした神柱が出てくるようで、その時節を見るとき、五六七の世は近づいているとも読めます。


第05巻 地つ巻 第07帖 (144)
「世の元と申すものは天も地も泥の海でありたのざぞ。その時からこの世初まってから生き通しの神々様の御働きで五六七(みろく)の世が来るのざぞ。」
ノアの大洪水によって、一度リセットされてしまった状況から五六七の世が来るとも読めました。


第05巻 地つ巻 第19帖 (156)
「世成り、神国の太陽足り満ちて、皆みち足り、神国の月神、世をひらき足り、弥栄にひらき、月光、総てはみち、結び出づ、道は極みに極む、一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)、弥栄々々ぞ、神、仏、耶ことごと和し、和して足り、太道ひらく永遠(とわ)、富士は晴れたり、太神は光り出づ、神国のはじめ。」
予言としてみるのなら、ここでは情勢は五六七へと永久に繁栄する方向へは向かって言っているようです。


第06巻 日月の巻 第11帖 (184)
「悪殺して終(しま)ふのではなく、悪改心さして、五六七(みろく)のうれしうれしの世にするのが神の願ひざから、この道理忘れるでないぞ。」
悪は殺さず改心させて五六七の世にするのがミロクの願いでもあるようですので、そのウルトラCの部分をいつの時節に見ることになるのか気になります。


第06巻 日月の巻 第14帖 (187)
蝋燭(ろうそく)の火、明るいと思ふてゐるが、五六七(みろく)の世の明るさはわからんであろが。
ミロクの世は暗闇にともる蝋燭なんかよりものすごく明るいようです。


第06巻 日月の巻 第31帖 (204)
「一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむななやここのたりもちよろず)。」
ここでは数え歌の中の内容の中に五六七が含まれていてカウントされたようです。数え歌自身景気の良さそうな唄なので、ミロクの働きが活発になればそのようにもなるのかなと思っています。


第07巻 日の出の巻 第02帖 (215)
「九歳(とし)は神界の紀(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ。取違ひせん様にせよ。」
いよいよ2008年になってしまったわけですが、これは経過を見たいと思います。


第07巻 日の出の巻 第04帖 (217)
「 旧十月八日、十八日、五月五日、三月三日は幾らでもあるぞと申してあろが、此の日は臣民には恐い日であれど神には結構な日ざぞと申してあろが、神心になれば神とまつはれば神とあななへば臣民にも結構な日となるのぞ。其の時は五六七(みろく)の世となるのざぞ。」
都市攻撃などは臣民には大変に恐い日でもあるようですが、それらの事象の意を理解していれば、その時は五六七の世となると読んでます。


第07巻 日の出の巻 第20帖 (233)
「十年先は、五六七(みろく)の世ざぞ」
いつの時点での十年先かはわかりませんが、仮に岩戸が開いたかもとも云う2004年頃をなどを意識した場合には2014年頃には迎えているともなりますが、、、さて。


第10巻 水の巻 第02帖 (276)
「一二三四五六七八九十(ヒトフタミヨイツムユナナヤココノタリ)。」
数え歌の最後が反応してヒットした内容のようですが、ここには、ミロクの降臨場所に関するヒントのようなものも記載されているようです。


第12巻 夜明けの巻 第13帖 (333)
「一二三四五六七八九十百千卍(ひふみよいつむゆななやここのたりももちよろず)。」
ここも数え歌の数字に反応しているみたいです。


第13巻 雨の巻 第06帖 (340)
「一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)授け申して神人となるぞ。」
同じく数え歌の数字に反応しているみたいですが、ここではひふみの全てを授けて神人になるということを云っている所を見ると、これは太陽、地上のミロクがひふみの全てを理解した時に神人となるとも読めるように思います。


第13巻 雨の巻 第17帖 (351)
「一二三四五六七八九十(ひとふたみよいつむゆななやここのたり)と言(こと)高くのれよ」
礼拝の作法の一文に記載されているようですが、ひふみの全てが行動に移されたり、事象を見るとするなら、王のミロクを見る日もその頃になるかと思います。


第22巻 青葉の巻 第23帖 (492)
「一二三曰五六七八九十百千卍ア火八の キ九 て八がつの十二にち。ひつ九の 。ア火ハの巻これまで。八月十二日、ひつ九の 。」
数え歌が入っているみたいです。


第23巻 海の巻 第14帖 (506)
「九十(マコト)とは 一二三四五六七八九十であるぞ、一二三四五六七八かくれてゐるのざぞ。」
誠に絡めた、数での何かの説明のようです。


五十黙示録 第02巻 碧玉の巻 第15帖 (030)
「五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。」
隠れたミロクの代から公に認められるミロクの世となる時節があるとも読めます。活動時期で云えば、岩戸開き寸前、岩戸開き後って感じかと思います。


五十黙示録 第06巻 至恩の巻 第04帖 (102)
「この時代には一二三四五六七八九十の数と言葉で、死者も甦る程の力があったのであるなれど段々と曇りが出て来て、これだけでは役にたたんことになって来たのぞ。」
ここでも数字に反応したみたいですが、ここで云う数字と言葉はすごかったみたいですね。まことに至る何かのエッセンスが今は足りないとも云うのかもとも思います。


五十黙示録 補巻 紫金の巻 第01帖 (131)
「一二三四五六七八九十百千万歳万歳。」
ここでは誠を表す数字に対して万歳と云っているようです。


五十黙示録 補巻 紫金の巻 第03帖 (133)
「マコトとは 一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一 で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士(不二、普字)と申してあろうが、まだ判らんか。 」
ここでも誠の数字の中に五六七が含まれているようです。

まとめ
数え歌が結構な数でヒットしてますが、あながち無関係ではないように思う印象です。五六七のミロクを含む事象とともに誠は存在するとも個人的な解釈ながら思いました。

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